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2020年3月8日(日曜日)

事業は永遠に続くだろうか?

カテゴリー: @|@14時57分25秒

創業時の話です。

21歳で事業を始めてまもなく、市内の知名度ある業者さんが取引をしてくれました。
 1年 2年 3年と経つたびに取引量が増えてとても有難かった。
 
 しかし、その反面で「あそこから取引が無くなったらどうしよう・・・」と言う不安をいつも持っていました。
そこの会社への依存度は全体の70%くらいでした。

不安を補えるか分からないが、集金時の値引きも我慢して受け、系列会社の利用券を言われるまま購入していました。

そうしながらも、何か変わらなきゃ! 
選ばれる戦略考えないと!

と色々と考え 悩んだが、やりたい戦略が見えてきたのが26歳の頃だったか・・

戦略を実行するにはお金が必要で、確か700万円くらい何とか借り入れをして、設備投資を実行に移しました。
 
実行に移している最中に、他にも実現したい戦略がありました。

思いがけないことにその戦略が、向こうから近づいてくるチャンスがありました。

そしてそこから、経営はどんどん変わっていきました。
依存度の大きかった取引先への売上は更に上がっていたが依存度はかなり小さくなりました。

数年後 その取引先は仕入れ先を我が社から他社へ変更されてしまいました。

その頃の依存度は10%くらいだった。
10%でも痛かったですが、経営に大きな影響はおきませんでした。

この様な経験を経てから ビジネススタイルを固定させずに、取引の依存度を偏らせないように、色々なことに取組んで 失敗も沢山経験しました。

沢山の取組 経験が功を得て、チャレンジも変化もスピードの速い会社になれました。
時には資金繰りに苦しむことが続いても、チャレンジは常に実行してきました。

現在のコロナウイルスにより、経営に影響が大きい方々には気を悪くされるかもしれないが、今こそ事業の見直しやビジネスのアレンジなどを行われてはどうだろうか?
 
 ウイルスが収束したら 経営は元に戻る・・・と考えるのではなく、また同じようなことが起きても、影響を小さくできる事業への変革を考え出してはどうだろうか? 

 こんな時、今直ぐに売上を上げれるとか 立て直せるとか そんな特効薬や戦術など あるわけがなく その様なものをSNSとかネットでチラつかせてくるところがあったりする世の中ですが、私は今まで そんなものはありえない! としか思っていません。

常に何かが起きたときのためにリスクヘッジ BCPを実施し続けることが企業には必要かと思います。


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